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和歌山地方裁判所 昭和60年(行ウ)2号 判決 1991年6月05日

原告

中井富美夫

奥野定雄

松江仁

右三名訴訟代理人弁護士

岡本浩

市野勝司

上野正紀

田中征史

山崎和友

阪本康文

原告ら訴訟代理人岡本浩復代理人弁護士

由良登信

小野原聡史

池内清一郎

被告

橋本元市

大田達雄

奥野敏夫

右三名訴訟代理人弁護士

森勝治

主文

一  被告奥野敏夫は、和歌山県海草郡下津町に対し、金三億四三七二万九八二九円及びこれに対する昭和六〇年三月一四日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告奥野敏夫に対するその余の請求及び被告橋本元市、被告大田達雄に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告らと被告橋本元市及び被告大田達雄との間では全部原告らの負担とし、原告らと被告奥野敏夫との間ではこれを三分し、その一を被告奥野の負担とし、その余を原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、和歌山県海草郡下津町に対し、金一〇億〇八七二万八〇〇〇円及び内金五億円に対する昭和六〇年三月一四日から、内金五億〇八七二万八〇〇〇円に対する同六二年一一月一二日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(各被告)

(本案前の答弁)

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(本案の答弁)

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(当事者)

(一)  原告らはいずれも和歌山県海草郡下津町(下津町または町という。)の住民である。

(二)  被告橋本元市(被告橋本という。)は、昭和四一年一〇月から同六〇年三月三一日まで、下津町町長であった。

(三)  被告大田達雄(被告大田という。)は、昭和五七年四月一日から同六〇年三月三一日まで、下津町助役であった。

(四)  被告奥野敏夫(被告奥野という。)は、昭和五七年四月一日から同六〇年三月三一日まで、下津町収入役であった。

2(甲野正夫の不法行為)

(一)  甲野正夫(甲野という。)は、昭和四七年一月一日から同五九年一一月一九日まで、下津町出納室長として、町収入役の下で、現金・有価証券・基本財産及び積立金の出納保管の業務に携わっていた。

(二)  甲野は、同五七年五月四日から同五九年四月一一日までの間に、別表のとおり、三三五回にわたり、業務上保管していた下津町農業協同組合(農協という。)及び株式会社紀陽銀行加茂郷支店の下津町の預貯金口座から同人が保管している収入役の公印を払戻請求書に押印して払い戻した現金並びに同人が出納室長として保管していた現金から、下津町の財政調整基金等金一〇億〇八七二万八〇〇〇円を着服横領し、同額の損害を町に与えた。

3(下津町の会計制度について)

(一)  下津町においては、地方自治法一七一条六項に基づき、下津町事務分掌に関する規則二条で、出納室を設け、出納室に出納室長及び同代理を置くことができるとしている。

(二)  下津町においては、地方自治法に定める指定金融機関として農協を指定しており、公金の収納及び支払いの事務を農協が町役場内に設けている町役場事業所(通称町金庫。以下町金庫という。)で行っている。下津町の収入支出は、原則として全て町金庫の当座貯金を通じてなされる。

町金庫では毎日当座貯金についての収入及び支出を集計してこれを翌日出納室に下津町公金取扱事務報告書と称する書面をもって報告する。出納室ではこれに基づいて、当座貯金だけでなく、町の全公金について、毎日の収入支出及び累計残高を集計した日計票を、数日内に作成する。

この処理によって町金庫の当座残高が把握できるが、これが多くなると当座から普通貯金(収入役名義)に、少なくなるとその逆に、貯金を振り替えることとされる(小切手を振り出して町金庫に届け、一日の収支を均衡させることもある。)。

なお、下津町財務規則(財務規則という。)一〇六条は、指定金融機関が、毎月月計報告書を作成し、収入役に送付すべきことを定めている。

(三)  国・県からの補助金などは、県指定金融機関である紀陽銀行加茂郷支店の収入役名義普通預金から同店の農協名義の口座を経て、前記の当座勘定貯金に振り替えられることとなり、また、税収等も、収納代理機関からやはり当座貯金に振り替えられることとなるから、右(二)のとおりであれば、出納室は収入にかかる現金には一切手を触れないようになっている。

支出については、担当課(高額である場合は町長)の決裁を受けた支払調票につき、出納室長及び収入役の決裁を経た上で、町金庫に届けて処理されることとされる。

また、出納室においては、町の公金を預貯金通帳という形で保管するという職務を負っているが、これらの預貯金相互間での振替・払戻については、収入役においてなすべきものとされ、小切手の振出についても同様である。

(四)  一時借入金は、地方自治法二三五条の三により、普通地方公共団体の長において、歳出予算内の支出現金の不足を補うために借り入れることができるのであって、その最高額は予算で定めることとされ、その会計年度の歳入をもって償還しなければならない。また、財務規則一〇八条によれば、総務課長は、一時借入金を借り入れようとするときは、収入役と協議して町長の決裁を受けるべきものとされるが、具体的には、最も財政状況を把握している出納室長の発案によってなされていた。

(五)  地方自治法二三五条の二による出納検査は、監査委員(町においては、学識経験者と議員各一名)が毎月例日に現金の出納が適正に行われているかを監査するもので、町においては、収入役、出納室長、さらに特別会計については担当職員の立会いのもとになされていた。その結果は長及び議会に報告すべきものとされる。

また、毎年の決算監査は、収入役の調製した決算及び政令で定める書類について監査委員が審査し、その結果を長が議会の認定に付するもの(同法二三三条)とされる。

(六)  以上のとおり、出納室は収入にかかる現金を取り扱わないし、出納室の扱う通帳間の振替、出金、小切手の振出等については、すべて収入役の決裁を受けてすべきものであり、また、一時借入は町長の権限であるから、その決裁を要するのであって、これら決裁によって、出納室の行う事務については事前のチェックがなされることとなる。さらに、これら事務については、出納検査及び決算監査という事後のチェックによっても監督されることとなる。

4(下津町の会計運用の実情)

(一)  会計監督に関する慣行

町においては、日常の会計事務について、収入役は、町金庫からの前記公金取扱事務報告書(当座勘定のみにかかるもの)による報告を受けるのみで、日計票により町の全公金を把握せず、また、預貯金通帳との突き合わせや残高照会等の実質的審査をしていなかった。

また、指定金融機関からの月計報告がなされず、月例検査・決算監査においても、預貯金通帳との突き合わせや残高照会等の実質的監査がなされていなかった。

(二)  議会報告等をしない会計の存在

(1) 下津町においては、「別途下津町収入役会計」「特別会計下津町収入役会計」「機密現金会計」「寄附金・保育所等特別会計」など、議会に報告せず、従って当該会計を運用する者以外の第三者による監査・監督を受けない会計が二〇近く存在した。

(2) 右のうち、機密現金会計については、被告大田が助役在任中に創設されたものであり、その存在は被告橋本、同大田及び甲野の三名しか知らず、町長と助役のみが甲野に指示して秘密裡に使用していた。しかも、その財源は町納入業者らにより納入品代金の一部をバックペイさせていたものをプールしていたものである。

(3) また、特別会計下津町収入役会計は、株式会社富士興産の資金により、富士興産の貯油基地の増設計画推進工作費として農協に開設されたもので、町幹部が費消した金銭につき、富士興産あての領収証を受領して、株式会社富士興産から資金の補填を受けることによって維持されていた。この会計の運用は一切甲野に委ねられ、被告らは、収支報告を求めることもせず、まして、預金口座のチェックなどまったくしていなかった。さらに、この会計は、昭和五八年三月末限りで閉鎖されることとなったにもかかわらず、被告橋本、同大田は、現実に閉鎖がなされたか否かを預金口座の調査等によって確認することを怠った。

(4) 別途下津町収入役会計は、港湾会館の入居保証金を預かっていた口座で、これを職員への一時的貸与に使用していた。

(5) 右のような会計のための預金口座及び現金は、実質的に甲野に管理が一任されたため、甲野の公金の扱いの厳格さを失わせる原因となり、また、右の口座は甲野の詐欺・横領行為にかかる金員の保管場所として頻繁に利用され、甲野の右行為を容易ならしめたものである。

(三)  町長印及び収入役印の保管

町においては、収入役印の使用・管理は甲野に一任されており、また、総務課において保管していた町長印も、甲野が実質的に自由に使える状態であった。

(四)  被告奥野の不適格及び病気休職

被告奥野は、収入役就任まで会計関係の職務についたことがまったくなかったにもかかわらず、被告橋本及び同大田は、特段の配慮をすることをしなかった(なお、甲野による横領行為は、被告奥野の就任の一月余りのちにはじまっている。)。しかも、被告奥野は昭和五八年一〇月二二日から同五九年二月二日まで病気により休職しているが、被告橋本及び同大田は、これに対して地方自治法一七〇条五項に定める代理者の選任をしなかった。

このため、甲野に対する監督は極めて手薄な状況にあった。

5(被告奥野の責任)

被告奥野は、甲野による業務上横領の当時、町収入役の地位にあったものとして、町の現金の出納及び保管等会計事務を行う義務(同法一七〇条)があったが、以下のとおり、その職務上の義務に違背し、甲野による町長公印及び収入役印の盗用及びこれを利用した横領及び不正借入を可能にし、よって町に前記の損害を生ぜしめた(なお、これらは自己の責任を実質的に放棄したものというべく、重過失と評価できる。)。

(一)  被告奥野の判断及び指揮監督のもとで日常の会計事務を処理するという出納室長本来の職務内容を越えて、町会計事務をすべて甲野に任せ、収入役印のほか、町の一般会計・特別会計にかかるすべての預貯金通帳及び小切手帳を同人に預けたままにするなど、自らの会計事務処理に関する権限を行使しなかった。

(二)  毎日の日計票による報告の聴取及び毎月の出納検査の際、預貯金通帳の確認や各金融機関の残高照会等、必要な資料の調査をまったくせず、甲野の報告を盲信するのみであった。

特に、町の日計票を預金通帳及び現金と照合していれば、甲野の横領は容易に発覚していたはずである。

(三)  前記4(二)記載の会計の存在を知りながら、是正の措置を講じなかった。

6(被告橋本の責任)

被告橋本は、甲野による業務上横領の当時、町長の地位にあったものであるが、以下のとおり、その職務上の義務を怠り、甲野による町長公印及び収入役印の盗用及びこれを利用した横領及び不正借入を可能にし、よって町に前記の損害を生ぜしめた。

(一)  町を統括し(地方自治法一四七条)、町の会計を監督し、財産を管理する義務(同法一四九条五・六号)及び助役・収入役・出納員等の職員を指揮監督する義務(同法一五四条)を有するのであるから、会計事務や監査の実態を把握し、収入役たる被告奥野や出納室長たる甲野に対し適切な指揮監督をすべきであったのに、これを怠った。すなわち、金銭の出納・会計検査・町長印の使用管理等が適正に行われているかの点検調査、あるいは、収入役からの事務報告の聴取、会計書類・通帳等の閲覧等の監督権限の行使をまったく果たさず、これに必要な収入役等に対する指揮命令権限の行使もしなかった。

(二)  一時借入金につき、地方自治法二三五条の三及び町財務規則一〇八条により、一時借入の必要性、金額、期間、借入先、限度額等を検討し、収入役及び総務課長に対する監督義務を履行することなく、一時借入の手続を甲野のなすがままに放置していた。

(三)  地方自治法一七〇条五項によると、副出納長又は副収入役を置かない普通地方公共団体にあっては、普通地方公共団体の長は、出納長若しくは収入役に事故があるとき、又は出納長若しくは収入役が欠けたとき、その職務を代理すべき吏員を定めて置かなければならないものとされるにもかかわらず、被告奥野が昭和五八年一〇月二二日から同五九年二月二二日まで病気入院したのに、被告奥野に対する配慮から、右規定による代理吏員を置かなかった。

(四)  特別会計の設置は、地方自治法上条例で定めるべきものとされ(同法二〇九条二項)、条例の提案権は町長にある(同法一四九条一号)にもかかわらず、前記のとおり、条例で定めず、議会に報告もされず、町三役などごく少数の者しか知らない現金会計や特別会計の存在を認め、この会計が特別な目的のために使用されることを企図し、または認めてきた上、その管理をすべて収入役、さらには甲野に任せて自らその使用状況、残高確認、目的達成後の閉鎖の指示とその確認の手続をしなかった。

7(被告大田の責任)

被告大田は、甲野による業務上横領の当時、町助役の地位にあったものとして、町長を補佐し、補助機関たる職員の担任する事務を監督する義務(同法一六七条)があったが、町長たる被告橋本を補佐する者として、被告橋本と同様の義務を負っていたのにこれを怠り、甲野による町長公印及び収入役印の盗用及びこれを利用した横領及び不正借入を可能にし、よって町に前記の損害を生ぜしめた。

8 原告らは、昭和五九年一二月一八日、下津町監査委員に対し、下津町に生じた右損害を補填させるため、被告らに対し必要な措置を執ることを求めて、地方自治法二四二条一項により住民監査請求を行ったが、昭和六〇年二月一六日までに、右監査委員は何らの措置をとらなかった。

下津町は、被告らに対する権利の行使を怠っている。

9 よって、原告らは、被告らに対し、民法七〇九条、七一九条、地方自治法二四二条の二第一項四号後段に基づき(被告奥野については、予備的に、地方自治法二四三条の二第一項及び同法二四二条の二第一項四号に基づき)、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  被告らの本案前の主張

1  地方自治法二四三条の二は、普通地方公共団体の職員、出納職員及び予算執行職員等の一定の職員のした一定の行為による当該地方公共団体に対する賠償責任に関して特則を規定している。これに該当する場合、損害賠償責任に関する民法の規定は適用を排除され(同条九項)、また、賠償責任の存否・範囲も、行政処分たる賠償命令によってはじめて確定されて具体的義務となるものと解される。そして、その責任の実現も、専ら自己完結的な同条所定の手続によってのみ図られるべきものであり、民事訴訟によることは許されない。

なお、同条一項二号において地方自治法二三二条の四第一項に定める普通地方公共団体の長の命令を掲げているところからも明らかなように、右二四三条の二の規定は、長に対しても等しく適用されるべきである。

原告らの主張は、本件は、収入役の事務を補助する職員たる甲野が、故意によりその保管にかかる現金等を亡失したことによって町に損害を与えたものであるところ、被告らは、地方自治法二四三条の二第一項各号に掲げる権限及び義務(被告橋本については一号及び二号前段の命令並びに四号、被告大田についてはこれらの補佐、被告奥野は一号及び二号後段の確認並びに三号)を有しながら、これらの義務及びそれに伴う指揮監督義務(町長らがこれらの権限行使の事務を補助職員に行わしめることは自明であり、したがって、同条一項後段の規定は当然にその指揮監督義務懈怠の場合を含むと解すべきである。)を怠ったのであり、これらの義務違背は、右損害と因果関係を有するというにある。

したがって、本件は同条の適用されるべき場合にあたり、これによる手続とは別に、原告らが町に代位して、損害賠償を訴求することはできないものというべきである。

2  被告橋本及び同大田は、甲野につき、法令上直接の指揮監督責任はなく、右両名については本訴請求は被告適格を欠く不適法なものである。

すなわち、地方自治法一四七条、一四九条及び一五四条の各規定は、町長の一般的権限を示したものに過ぎないものであり、町の会計事務の執行については、収入役が独立の権限を有するのであるから、その限度において町長の権限は排除されることとなり、収入役の下にあって会計事務の執行実務を担当する出納室長甲野に対する直接の指揮監督権限を町長に認めることはできない。そうとすれば、町長を補佐する助役についても、同様に指揮監督権限はないものといわねばならない。

3  被告奥野については、昭和六一年七月七日、下津町長が地方自治法二四三条の二第三項による賠償命令を発し、これは同日被告奥野に到達した。右命令は同六二年一〇月一〇日の経過をもって確定した。

右命令は、被告奥野及び甲野が、同条第一項の行為によって下津町に損害を与えたと認定し、町の被った損害総額を一一億四五七六万六〇九八円、うち被告奥野の責任割合を三割とし、同人の負うべき賠償額を三億四三七二万九八二九円としている。

仮に賠償命令手続と原告らによる代位訴訟手続が並行してなされうるとしても、かように、町がその有する請求権を行使し、これが確定した以上、被告奥野に対する本訴請求は訴えの利益を欠くものというべきである。

三  本案前の被告らの主張に対する原告らの答弁

1  本件における被告らの行為は、地方自治法二四三条の二第一項に該当せず、したがって賠償命令の対象とならない。

(一) 同項前段は、亡失(または損傷)を要件とするところ、亡失とは、資金前渡を受け、占有動産を保管し、あるいは物品を使用している職員が挙げられていることからみて、当該職員の直接の支配下にある物の紛失等を指すものと解されるが、本件被告らの行為はこれに該当しない。

また、同項前段は主体として出納長もしくは収入役と定めているから、町長及び助役がこれに該当しないことは明らかである。

(二) 本件における原告らの主張は、被告らが甲野ないし他の被告の職務を監督する義務を怠ったため、甲野の横領行為を許したというにあるが、かかる指揮監督責任の懈怠は、同項後段各号のいずれにも該当しない。また、本条の趣旨は、出納職員等の公務員が、軽過失によって地方公共団体に損害を与えた場合にまで賠償責任を課すことにより公務員の職務遂行における積極性を殺ぐ結果となることを防ぐことにあるから、その対象は、後段についても、直接に現金などを用いて何らかの行為をなすべきことが求められている職員であるというべきである。

さらに、後段は、同条の前記趣旨に照らすと、損害を生ぜしめた行為が職務執行行為としての外形及び内容を持ったものであることが必要であるが、本件における甲野の横領行為を職務執行行為としての外形及び内容を備えたものということは到底できない。

2  仮に、本件被告らの行為が賠償命令の対象となるとしても、そのこと、または賠償命令が現実に発せられ、あるいは確定したことをもって、本訴請求が不適法となるものではない。

すなわち、地方自治法二四三条の二第三項による賠償命令は、それ以外の責任追及を排除するものではなく、代位訴訟による責任追及とも併存しうるものであり(最高裁判所昭和六一年二月二七日判決・民集四〇巻一号八八頁)、また、そうであれば、法は行政処分たる賠償命令の存在とは別に住民が裁判所の判断を求める制度を設けたと解され、その確定も本訴請求に何ら影響を与えないものというべきである。

このことは、執行機関または職員の財務会計上の行為又は怠る事実の適否ないしその是正の要否について地方公共団体の判断と住民の判断とが相反し対立する場合に、住民が自らの手により違法の防止又は是正を図ることができる点に住民訴訟制度の本来の意義があること及び民法四二三条の債権者代位権においても、これを行使した以上、債務者はこれを妨げるような行為をすることができないとされていることからも明らかである。

なお、賠償命令には強制的実現の手段について定めがなく、それ自体債務名義となるものでもないから、本訴請求との間で債務名義の重複という事態はありえない。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1の各事実は認める。

2  同2(一)の事実は認める。同2(二)の事実中、損害額は否認し、その余は不知。損害額は、刑事法上の個々の横領行為にかかる金額を単純に積算して得られるものではなく、本件のように出金と埋め戻しが繰り返されている場合には、その差額を算定すべきである。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実は明らかに争わない。

なお、甲野は、正規の会計・基金にかかる預貯金についても現金の引き出し・流用を行っているのであり、会計外預貯金の存在と損害との間には因果関係はない。

5  同5ないし7はいずれも争う。

6  同8の事実は認める。

五  被告らの本案の主張

1(町長及び助役と収入役との権限の関係について)

地方自治法一四七条、一四九条及び一五四条の各規定は、町長の一般的権限を示したものに過ぎず、これを排除する規定ないし法理により、その適用について当然に制約される。すなわち、同法上、会計事務については収入役が独立の権限を有するのであるから、その限度において町長の権限は排除されることとなり、収入役の下にあって会計事務の執行実務を担当する甲野が、その過程において横領をしたとの原告ら主張によれば、町長及びこれを補佐する助役すなわち被告橋本及び同大田に対する請求はいずれも失当である。

2(被告橋本及び同大田の監督義務について)

被告橋本及び同大田が会計監督義務の履行として本件に関してなすべき具体的行為は、会計制度・監査制度の制定・整備、収入役及び監査委員の選任、出納員及び会計職員の任免並びに関係職員の損害賠償責任についての調査であるところ、右両名は、条例・規則を自治省の準則にしたがって制定・整備し、収入役に、相当の庁内経験を有し、一般職員中の上級幹部であり、かつ出身町区域のバランスから適切な被告奥野を選任し、出納員には、何の事故もなく多年勤務し、会計事務に堪能な甲野を選任し、かつ、甲野の横領行為発覚直後から調査を尽くす等、これらの責任を果たしている。

また、監査委員については、下津町程度の地方公共団体においては、会計実務に精通した者の選任は困難であるから、この点について被告らの責任を問うことはできないものというべきであり、また、監査の方法について監査委員に指示をすることは、監査制度の趣旨に反する。

なお、被告奥野が病気療養のため三か月入院したときに、被告橋本がその代理を置かなかったことについては、収入役代理に関する規則、事務代行の序列に関する条例・規則いずれによっても、結局甲野が任命されることとなるから、本件との因果関係がないものというべきである。

3(被告奥野の監督義務について)

(一)  一般に、行政組織法上、国又は地方公共団体の機関は、他の機関又は職員にその有する事務の権限を命令により委譲した場合も、委譲した具体的事務については責任を負わず、ただ、委譲したこと自体について責任を負うに過ぎないと解される。そして、下津町事務分掌に関する規則(昭和四六年一二月二五日規則一四号。事務分掌規則という。)二条及び一一条並びに下津町会計職員に関する規則(昭和三九年規則六号。会計職員規則という。)二条ないし四条によれば、町の出納室長たる出納員は、地方自治法一七一条三項の明示の職務権限の定めを超えて、同法一七〇条二項に定める収入役の職務全般の事務をつかさどる権限を有するものであり、規定上、その権限が明確である点で、他の会計職員と区別されている。

したがって、本件では、被告奥野に甲野の選任監督上の過失があったときにのみ、その責任が問われうる。

(二)  本件についてこれを検討すると、以下のとおりである。

(1) 収入役印の保管は、下津町公印規則(昭和四七年六月一日規則一一号。公印規則という。)四条二項及び同別表1、番号13によれば、出納室の長たる甲野であるから、同人に収入役印を保管させていたことは何ら問題はない。

(2) 預貯金の管理保管も、会計職員規則三条一項一号によれば、出納員たる甲野がこれをつかさどるべきものとされる。

(3) 預貯金の残高証明については、小切手の発行、入金及び預貯金間の振替その他の会計操作によって容易に調整可能であり、また、通帳の確認については、数が多く、かつ預貯金間の出入りが輻輳している。さらに、甲野が一時借入をしてその欠損を穴埋めしていたことに鑑みると、これらの実効性は疑問である。

(4) 甲野の経歴、勤務態度等、及び被告奥野の経験不足と収入役就任後約六か月で入院を余儀なくされた等の事情に照らすと、同人について損害発生についての予見可能性はないものというべきである。

4(被告奥野の賠償責任の主観的要件)

一般に、公務員が職務上の行為について国又は地方公共団体に対し損害賠償責任を負うのは直接現金を亡失した場合を除き、故意または重過失があったときに限るのが実定法上の原則である。また、地方自治法二四三条の二の規定は、同条一項所定の職員の行為に関する限り、その損害賠償責任については民法の規定を排除し、その責任の有無又は範囲は専ら同条一、二項の規定によるべきことを定めたものであるところ、被告奥野について、同条一項の対象となること前記のとおりである。従って、その責任の要件としては重過失を要するものと解される。

5(下津町の会計慣行)

原告らの主張する町の会計慣行は、被告らの就任前より長期間にわたって行われてきており、このようなものについて被告らのみにその責任を問うのは相当ではない。

六  原告らの反論

1  収入役には、地方自治法上、会計事務の執行について独立の権限が与えられており、事務分掌規則二条に基づき収入役の権限に属する事務を分掌する出納室長であった甲野は、直接的には収入役の命を受けて事務を行うことになるが、それは組織体上当然のことであり、収入役には独立の権限があるといっても、長の補助機関として、そのつかさどる会計は長の監督に服することは変わりない(一四九条五号)。そうすると、甲野が、会計を監督する職務権限を有する町長及びその町長を補佐し、自己以外の補助職員が行う事務を監督する職務権限を有する助役の監督下にあるのは当然である。

地方自治法は、市町村には原則として収入役を置くことを前提として長及び助役の権限を定めているのであるから、同法上の収入役の権限の定めが長及び助役の権限の規定を排除することは考えられない。

2  町自体の責任体制の欠陥を理由として、自らの責任が軽減されるかにいう主張は、法令に則って町政を運営し、違法があれば是正すべき義務を否定するもので、到底左袒できない。

3  被告奥野につき地方自治法二四三条の二の適用のないことは、前記のとおりであるし、仮にそうとしても、被告奥野の行為については重過失を問うことができる。

さらに、地方自治法二四三条の二は、賠償命令によって民事上の責任の内容範囲が定まることまでを規定したものではない。

第三  証拠<省略>

理由

一被告らの本案前の主張について

1  被告らは、原告らの主張を、収入役の事務を補佐する職員たる甲野の現金亡失行為による町の損害につき、被告らが、地方自治法二四三条の二第一項に定める権限及び義務を有しながら、その義務及びこれに伴う指揮監督義務を全うしなかったことをいうものであるとし、このような場合には、同条により、民法の損害賠償に関する規定の適用は排除され、責任の実現も専ら自己完結的な同条所定の手続によってのみ図られるべきものであるから、本訴請求は訴えの利益を欠き、不適法である旨主張する。

しかしながら、地方自治体の職員が地方自治法二四三条の二に基づく責任を負う場合においては、その実体的な責任の範囲について民法の規定の適用が排除され、同条のみによって規制されることはともかく(同条九項)、同条は、同条一項所定の職員の行為について同条三項に規定する賠償命令による以外にその責任を追及されることがないことまでをも保障した趣旨のものではなく(最高裁判所昭和六一年二月二七日判決・民集四〇巻一号八八頁)、当然に民事訴訟によることを許す趣旨のものと解される(賠償命令には法律上自力執行力がないから、仮にこれが確定しても、任意の履行がないときは、民事訴訟によらなければ、責任の実現が図れないものである。なお、本件においては、原告らは予備的に同条による責任をも請求原因としている。)から、この点に関する被告らの主張は、その余の点について検討するまでもなく、失当である。

2  被告橋本及び大田は、甲野に対する直接の指揮監督権限がないとして、本訴請求における被告適格を欠く旨主張する。

しかし、本訴請求は、被告らに対する損害賠償請求権の行使を町が怠っているとして、地方自治法二四二条の二第一項四号後段に基づいて提起された給付訴訟と解すべきであるから、被告らに対し、損害賠償請求権があると主張されている以上、被告適格について欠けるところはないものというべきである。

3 被告奥野は、同人に対して町から賠償命令が発せられ、確定したとして、これにより同人に対する本訴請求の訴えの利益はなくなったものと主張する。

<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、被告奥野主張の賠償命令が発せられ、かつ確定したことが認められるけれども、賠償命令の確定によって、被告奥野の責任の範囲が実体的に定まることは格別、被告奥野に対して民事訴訟手続による責任追及ができなくなる理由のないことは、前記1より明らかであり、被告奥野の右主張は失当である。

4  よって、被告らの本案前の主張は失当として排斥されるべきである。

二請求原因1(当事者)の事実は当事者間に争いがない。

三1  請求原因2(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  <証拠>によれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  甲野は、暴力団員峯野博好(峯野という。)に脅迫されたうえ金員の交付を要求されて、これに応ずるべく、業務上保管していた農協及び紀陽銀行加茂郷支店の下津町の預貯金口座から自らが保管している収入役の公印を払戻請求書に押印して払い戻した現金並びに同じく業務上保管していた現金を別表のとおり着服横領し、これを峯野に対し交付するほか、商品相場への投資、不法な一時借入金の利息等に費消した。なお、右口座は具体的には以下のとおりである。

(1) 歳計歳計外現金以外の預り金等にかかる普通預貯金口座

(農協及び紀陽銀行。特別会計下津町収入役名義の普通預金口座(富士興産株式会社から提供された資金にかかるもの)等)

(2) 土地開発基金、環境整備事業基金、財政調整基金等の普通・定期・通知預金口座

(3) 歳計歳計外現金の普通預貯金口座(農協及び紀陽銀行)

(二)  甲野が右の各口座から現金を払い戻す方法は、右各口座から直接現金で払い戻すというもの、右各口座からいったん一般会計にかかる紀陽銀行の収入役名義普通預金口座や、前記特別会計下津町収入役等の口座に振り替えた上で払い戻すというもの及び町金庫の当座勘定から債権者にかわって代理受領するという形で現金を受け取るというものであった。

これは、正規の支出は全て町金庫の町代行勘定から小切手でなされるべきものであったところ、これを経由すると、公金取扱事務報告書に現れてしまうこと、しかし、本来右の各口座からの現金払いはありえず、すべて右代行勘定を経由する扱いとなっていたこと及び甲野において便宜上区別の必要を認めていたことによる。

(三)  甲野は、右の横領行為の発覚を防ぎ、あわせて峯野に交付する金員等をあらたに捻出すべく、昭和五八年六月ころから、農協、紀陽銀行をはじめとする町の取引金融機関から、権限のないことを秘して、一時借入金名下に、計二〇億四三三五万円余を騙取した。

これらの金員は、いったん一般会計にかかる紀陽銀行の収入役名義普通預金口座や、前記特別会計下津町収入役等の口座に振り替えられ、あるいは町金庫の当座勘定を経由して払い戻された。

この詐欺行為に際し、甲野は、町長印を冒用して、一時借入申込書等を偽造して行使しているものであるところ、町長印は、総務課長が保管し、勤務時間中その机上に置いてあったが、これを使用するにあたっては、総務課長(不在のときは適宜の課員)に使用する旨の断りをすれば足り、その種類の内容を示すこと等は必要でなかったので、その書類が適式のもので、決裁の済んだものか等については、チェックがなされない運用が行われていた。

3  右の横領行為による町の損害額は、一〇億〇八七二万八〇〇〇円である。

なお、被告らは、損害額につき、個々の横領行為にかかる金額を単純に積算すべきではなく、埋め戻された金額を差し引くべきである旨主張するが、前掲各証拠、ことに<証拠>によれば、町の調票・帳簿類によって認められる、町の保有すべき現金額と、実際の保管金額との差額が右金額を下らないことが認められ、また、前掲各証拠によれば、甲野は、横領にかかる金員を、峯野への交付、商品相場への投資、不法な一時借入金の利息等に費消しており、その金額が右金額を下らないことが認められる。

また、不法な一時借入金による填補については、町においてこれに伴う債務を負うことがなく、従って確定的に損害の填補がなされたとまでは認めるに足りる証拠がないから、結局、これによって損害が填補されたとまではいうことができない。

四請求原因3の事実は当事者間に争いがない。

五請求原因4の事実は被告らにおいて明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

六被告奥野の責任について

1  被告奥野は、収入役として、町の会計事務をつかさどる職務権限を有し(地方自治法一七〇条一項)、同法上、会計事務には、現金(現金に代えて納付される証券及び基金に属する現金を含む。)の出納及び保管、小切手の振出、有価証券(公有財産または基金に属するものを含む。)の出納及び保管、現金及び財産の記録管理、支出負担行為に関する確認、決算の調整等が含まれることとされる(同条二項)。

他方、甲野は、地方自治法上の出納員たる出納室長として、収入役の事務を補助するものであり、収入役の命を受けて現金の出納(小切手の振出を含む。)若しくは保管または物品の出納若しくは保管の事務をつかさどることとされ(同法一七一条一項、三項)、会計職員規則三条によれば、地方自治法一七〇条二項に例示する収入役の権限にかかる前記事務をつかさどることとされる。なお、右規則は権限の委譲ではなく、単に補助すべき事務の範囲を定めたものに過ぎない。したがって、甲野は当然に被告奥野の指揮監督に服するものである。

右によれば、甲野による横領にかかる現金は被告奥野が保管していたものであり、被告奥野は、甲野による横領によって右現金を亡失したものというべきである。

2(被告奥野の一般的権限及び義務について)

地方自治法上被告奥野の権限とされる前記の事務についても、甲野においてその実務を担当することは当然であり、これを被告奥野自ら行わなかったこと自体が違法であるということはできない。そして、右の権限行使自体についての責任は、権限を有する被告奥野に帰属すべきものであるが、甲野の本件横領行為のごときこれに関連する非違行為については、これとは区別すべきであり、被告奥野は、甲野に対する指揮監督に関する責任のみを(しかも甲野の非違行為に原因を与えたと認められる場合に限って)負うものというべきである。

3(検査等について)

月例検査及び決算監査について検討するに、これらが監査委員の権限に属することはいうまでもなく、監査委員はこれらの職務を独立して行うべきものと解される。そして、収入役が監査委員に対して何らかの指揮監督権限を有するものとは解されない(このことは、被告奥野が月例検査等に立ち会っていたとしても同様である。)から、月例検査及び決算監査について、方法等適切を欠くところがあったとしても、収入役たる被告奥野において、責任を負うべき理由はない。

なお、農協から町への月計報告がなされていなかったことは前認定のとおりであるが、このことと甲野の本件横領ないしこれによる町の損害との間の因果関係については主張立証がない。

4(非正規の会計にかかる預金口座について)

前認定のとおり、甲野は、特別会計下津町収入役等の、地方自治法所定の議会の議決を経ない会計にかかる口座を利用し、そこから現金を引き出して横領し、あるいは、他の口座から横領した現金をこれらの口座を経由して引き出す等していたものであるところ、たしかに、<証拠>によれば、これらの口座に保管されていた金員は、下津町に属すべきものであり、これらの口座は町によって設けられたものと認められ、そうとすると、これらの口座を、正規の手続を経ずに開設・利用したことは、それ自体違法といわざるを得ない。しかしながら、前認定のとおり、甲野は、正規の会計等にかかる口座からも同様に現金を横領しているのであるから、これら口座が正規のものでない会計にかかるものであることと、甲野の横領行為との間に因果関係はないものというべきである。

また、甲野がこのような口座を経由することによって、他の口座からの現金の横領が容易になったという事実があったとしても、違法な会計にかかる口座の存在からかような事態が通常生ずべきものとは解されないから、被告奥野がかような口座の存在を容認していたとしても、そのことによる損害との間に相当因果関係があるということはできない。

5(被告奥野の甲野に対する指揮監督について)

(一)  収入役印の保管については、公印規則三条、四条及び別表一により、出納室において保管し、出納室長が保管に責任を負うべきこととされているのであるから、被告奥野としては、甲野による保管についての指揮監督の義務を負うものであるが、このような場合、被告奥野において、甲野による盗捺を防止しうる手段を講ずることは経験則上不可能ないし極めて困難といわざるをえず、また、被告奥野において甲野の盗捺を知りうべきであったとも認められないから、その過失を認めることはできない。

(二)  預貯金通帳及び小切手帳の保管・管理を含む会計事務は甲野の所掌とされるところ、被告奥野がこの点について甲野に対し指揮監督をなす権限を有することは前記のとおりであり、この権限は指揮監督義務を当然に伴うものであって、被告奥野は具体的には、適宜、預貯金通帳の検査、会計帳簿の閲覧照合、報告の聴取及びこれに基づく指示等を行うべきものと解される。

本件についてこれをみるに、前記認定事実及び<証拠>によれば、甲野において預貯金通帳及び小切手帳の保管・管理を行っていたものであるところ、甲野によるこれらの保管・管理に関して、被告奥野は一切関与せず、また、他の出納室員もこれを取り扱うことはなく、甲野が排他的にこれに携わっていたことが認められる。また、前認定のとおり、指定金融機関からの公金取扱事務報告書及び日計票が作成されていたが、これらは被告奥野に提出されていたものの、同人はこれらと預貯金通帳との照合は全く行っていなかったものと認められる(<証拠>)。そして、<証拠>によれば、預貯金通帳の点検によって、預貯金の動きの不自然であることは容易に判明したものと認められ、また、日計票には、町金庫の当座勘定だけでなく、普通預貯金等その他の預貯金についても表示されることとなっていたのであるから、これについて、預貯金通帳との照合をすれば、預貯金の動きが日計票と合致しないことが判明したはずであると認められるのであって、これを覆すに足りる証拠はない。

もとより、収入役がかような事務について常時直接関与することは不可能であるが、被告奥野は、就任した昭和五七年四月から甲野の横領行為の発覚する同五九年一一月まで、前記のような監督を一切行っていないのであるから、その職務上の義務を果たしたものとはとうてい言いがたいところである。そして、被告奥野が就任当初より右のような照合を行っておれば、甲野の本件横領行為を容易に発見することができ、さらに、このような行為を未然に防止することをも期待しえたものと解される。

したがって、被告奥野は、前記甲野による横領行為の発生(亡失)につき、過失があり、その結果について地方自治法二四三条の二所定の責任を免れないものというべきである。

なお、被告奥野につき、地方自治法二四三条の二所定の責任の要件が備っている以上、主位的請求原因である民法上の不法行為責任を問うことはできないものというべきである(同条九項)。

6 甲野の勤務態度等が優れたものであったこと、被告奥野が経験不足であり、かつ、就任後約六か月で入院したことなど被告奥野主張にかかる事実は、いずれも被告奥野の責任に何ら影響を及ぼさない。

さらに、被告奥野の就任前より行われてきた慣行がいかなるものであれ、同人は、収入役の権限の範囲で事務の運営を適正なものとすべき義務を負うのであるから、慣行をもって免責の根拠と解することはとうていできない。

7 前認定(一3)のとおり、被告奥野に対しては、昭和六一年七月七日、賠償命令が発せられ、これは同六二年一〇月一〇日の経過をもって確定したものであるところ、右賠償命令は、被告奥野の賠償すべき額を三億四三七二万九八二九円としている。

地方自治法二四三条の二による損害賠償義務は、賠償命令の有無にかかわらず、同条一項所定の行為による損害の発生によりただちに生じるものと解すべきであるが、賠償命令の性質が行政処分であると解すべきこと(同条三項、六項参照)に照らし、損害賠償義務の実体的範囲は、賠償命令の確定により、それに定められたとおりとなるものと解される。そうとすると、本件において被告奥野の賠償すべき金額は、右賠償命令の定めるところに従い、金三億四三七二万九八二九円となる。

8 以上によれば、被告奥野は、甲野の本件横領にかかる町の損害のうち、三億四三七二万九八二九円の限度で賠償責任を負うべきものである。

七被告橋本の責任について

1(会計監督責任について)

(一)  被告橋本は、町長として、町の会計を監督し、財産を管理する権限(地方自治法一四九条五、六号)を有していたものである。町長には、この会計監督権限の一環として会計に携わる補助職員への指揮監督権限が認められるところ、前記の収入役の権限の独立性に鑑みると、この権限は、収入役による会計監督を前提とするものであるが、補助職員が独立の権限を有している場合も、これを侵さない範囲で長の指揮監督が及ぶものと解され、収入役及び出納員がこの対象に含まれないと解すべき理由はないから、被告橋本は、被告奥野及び甲野に対しても指揮監督権限を有していたものというべきである。

ところで、町長は、右会計監督権限に基づき、一般的には、事務に関する報告の聴取、実地検査、書類帳簿の検閲、監督上必要な命令等をなしうるものと解される。しかしながら、このような権限を有するとしても、権限の存在からただちに、町長が会計事務を日常的かつ直接に監督すべき義務を負うものと解することは相当でない。すなわち、町長は、通常は、会計事務について独立した権限を有し責任を負うべき立場にある収入役を通じて会計事務の状況を掌握するをもって足り、会計事務について何らかの問題が生じたため必要と認められる場合(町長にその認識ないし予見可能性があることが前提となる。)に、右の権限を行使する職責を負うにとどまるものというべきである。

これを本件についてみるに、被告橋本本人によれば、被告橋本は、会計に関しては収入役以下の補助職員にこれを委ね、特段の問題が生じない限り、自ら関与することはなかったものと認められるけれども、本件においては、被告橋本において甲野の横領行為を認識ないし予見し前記の権限を行使して町の会計事務について直接指揮監督すべきであったと認めるに足りる事情の主張立証はないから、結局被告橋本について、甲野の横領行為の原因となる会計監督に関する職務の懈怠があったと認めることはできない。

(二)  原告らは、金銭の出納・会計検査・町長印の使用管理等が適正に行われているかの点検調査、収入役からの事務報告の聴取、会計書類・通帳等の閲覧等の監督権限の行使を被告橋本においてなすべきであった旨主張する。

しかし、まず、月例検査等の会計監査については、前記収入役の場合と同様、町長においても、監査委員に対し指揮監督権限を認める根拠はないから、その方法の当否につき、町長たる被告橋本が責任を負うべき理由はない。

町長印の使用管理については、<証拠>によれば、これを総務課において保管し、原則として総務課長の許可を得て使用するとの運用がなされていたものと認められるところ、この運用は公印規則に合致する。たしかに、右各証拠によれば、右総務課長の許可は、本来公印を押捺すべき書類につき所要の決裁を経たものであることを確認の上なすべきを、現実には怠ることがあったものと認められるが、このことは、総務課長の職務懈怠ということはできても、町長に対して、常に自ら、このような具体的運用についての注意までを求めることはできず、また、本件においては、被告橋本においてこのような運用を容認していたとの事情も認められないから、甲野による本件横領行為との関連においてみる限り、被告橋本に義務の懈怠はないものというべきである。

収入役からの事務報告の聴取については、被告橋本本人により、これを怠っていたものと認められるものの、右事務報告の聴取には自ずから限界があり、収入役が帳簿・通帳の照合を行っているか否かを町長において確認すべき義務があるとまでは解しがたいから、この履践が前認定の被告奥野の職務懈怠の是正につながりえたとまでは認めがたく、したがって、この懈怠と甲野による横領行為との因果関係を認めるには足りないものというべきである。

さらに、金銭出納の点検調査や、会計書類、通帳の閲覧については、前記のとおり、町長が会計事務を日常的に直接監督すべきものと解することは相当でなく、町長は、通常は、会計事務について独立した権限を有し責任を負うべき立場にある収入役を通じて会計事務の状況を掌握するをもって足り、会計事務について何らかの問題が生じたため必要と認められる場合に、右の権限を行使する職責を負うにとどまるものというべきであって、本件においては、被告橋本において前記の権限を行使して町の会計事務について直接指揮監督すべき必要があったと認めるに足りる事情の主張立証はない。

以上のとおり、原告らの前記主張はいずれも失当である。

2(補助職員を指揮監督する責任について)

被告橋本は、町長として、補助職員に対する指揮監督権限(地方自治法一五四条)を有していたものである。しかし、この権限は一般的抽象的なものであって、前記会計監督権限の場合と同様、町長がこれら職員の職務執行につき常時直接の監督義務を負うことを意味するものではない。したがって、補助職員に何らかの非違行為があったとしても、ただちに町長がその行為について不法行為責任を負う根拠とはなりえず、ただ、町長がその非違行為につき認識ないし予見可能な事情があるのに権限行使を怠った場合にのみ、この義務違反に問われうるものというべきであるところ、本件においては被告橋本につきこのような事情が存したことの主張立証はない。

3(一時借入金について)

一時借入金について、地方自治法二三五条の三は、これを地方公共団体の長の権限であり、その最高額は予算で定めるものとし、かつ、当該会計年度の歳入をもって償還すべきことを定めている。また、下津町財務規則は、一時借入を総務課長が取り扱うべき事務とするが(一〇八条)、他方、事務分掌規則は、これを出納室の分掌と定めている(一一条)。

<証拠>によれば、通常の一時借入の手続において、被告橋本において最高額の確認を怠っていたことが認められるが、他方、甲野は、町長印を冒用して町長名義の借入申込書を偽造して全ての手続を自ら行って不正一時借入を行っており、また、一時借入にかかる金員については、町代行勘定から当座勘定という正規の受入れ手続をとらず、直接農協の普通貯金口座に振り込ませていたものと認められ、そうとすると、制度上町において甲野の不正一時借入について掌握する手段はなかったものというべく、被告橋本において最高額の確認をしていたとしても、甲野の不正借入の発見ができたとは認めることができない。

また、甲野による本件横領行為との関連でみると、同人による違法な一時借入は、横領行為と直接の関連を有せず、ただ、その補填資金源となることにより、間接的にこれを容易ならしめたものに過ぎないのであって、右一時借入と本件横領行為との間に因果関係を認めるには至らない。

4(非正規の会計について)

特別会計下津町収入役等の非正規の会計の開設・利用については、被告奥野に関する前記判示のとおり、それ自体は違法であるといわざるを得ないものの、甲野の本件横領行為との間に相当因果関係があるとまでいうことはできないから、この点に関する原告らの主張は失当である。

5 被告奥野が昭和五八年一〇月二二日から同五九年二月二二日まで病気入院したにもかかわらず、被告橋本が地方自治法一七〇条五項による吏員を置かなかったことは当事者間に争いがない。

しかし、本件においては、仮に被告橋本が右の吏員を置いたとしても、これによって直ちに甲野の本件横領行為が防止できたとは考えられず、従って、右の事実と甲野の横領行為との因果関係についてはこれを認めるに足りない。

6 以上によれば、被告橋本は、甲野の本件横領にかかる町の損害について賠償責任を負わないというべきである。

八被告大田の責任について

被告大田は、町助役として、町長を補佐し、その補助機関たる職員の担任する事務を監督する権限(地方自治法一六七条)を有していたものであるところ、前認定のとおり、町長であった被告橋本について甲野の本件横領行為の原因となる職務の懈怠がなく、不法行為責任を認めえず、また、被告大田について、被告橋本とは別個の責任原因があることの主張立証はないから、被告大田についても、右同様不法行為責任を認めることはできないものというべきである。

九請求原因8の事実は当事者間に争いがない。

一〇以上によれば、原告らの請求は、被告奥野に対し、下津町に金三億四三七二万九八二九円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容することとし、被告奥野に対するその余の請求及び被告橋本、同大田に対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行宣言については相当でないから付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官弘重一明 裁判官安藤裕子 裁判官久保田浩史)

別紙<省略>

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